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藤沢市ってどんな街?
●町紹介♪
▼地理
神奈川県のほぼ中央南に所在し、相模湾に面している。旧東海道より南側は湘南砂丘地帯と呼ばれる海岸平野で、北側は相模野台地及び高座丘陵となっているが境川および引地川からの起伏は大きくない。南東部には片瀬山と呼ばれる三浦丘陵の西端部となり、その一部は孤立して江の島となる。江の島は市の最南部。
<河川>
柏尾川、境川、引地川、目久尻川、小出川
しかし、藤沢がとくに植物の「ふじ」に関係が深いア.とは考えられませんし、イ.の人名と地名との関係については、むしろ地名が先で、人名が後だとする見方が強く、従って、淵沢(ふちさわ)が藤沢(ふじさわ)に転化したとする説ウ.が最も妥当と考えられています。
▼歴史
藤沢用田バイパスの約1万9500年前の地層から建造物の柱に使われていたと思われる炭化した木片が出土。日本最古のものである。
古代 - 東海道付近まで海が入り込み、相模野台地上に竪穴式住居址や貝塚がある。
天武4年(675年ころ) - 日本書紀に高座郡記される。
奈良時代-平安時代 - 土甘(とかみ)郷、大庭郷、村岡郷が定まる。
長治年間 - 大庭御厨成立。
1325年 - 呑海上人、時宗総本山清浄光寺(遊行寺)を建立。
14世紀 - 太平記第十巻に藤沢の名が記されている。藤沢の由来は不詳。淵沢、富士見沢からの転訛という仮説あり。
慶長6年(1601年) - 徳川家康により東海道の宿場藤沢宿が設けられる。慶長5年以前から、鷹狩りなどを目的として藤沢御殿が設けられていた。
享保13年(1728年) - 相州炮術調練場が置かれる。
1872年4月 - 羽鳥村に私塾読書院(耕余義塾の前身)開設。
1877年(明治10年)7月17日 - エドワード・S・モースが江の島に日本初の臨海研究施設である江ノ島臨海実験所を設置。
日本初の海洋生物学 発祥の地は湘南の江の島。
1878年(明治11年) - 郡区町村編制法が実施され、高座郡役所が藤沢におかれる。当市域内に以下の町村が編成される。
高座郡 藤沢宿大久保町、藤沢宿坂戸町、鵠沼村、稲荷村、大庭村、羽鳥村、辻堂村、下土棚村、亀井野村、円行村、石川村、今田村、西俣野村、打戻村、獺郷村、宮原村、用田村、葛原村、菖蒲沢村、長後村、七ツ木村、千束村、遠藤村 鎌倉郡 藤沢宿大鋸町、藤沢宿西富町、柄沢村、弥勒寺村、渡内村、高谷村、小塚村、宮前村、川名村、片瀬村、江の島 1882年(明治15年) - サムエル・コッキングが江の島に植物園を設立する。
1883年(明治16年) - 七ツ木村と千束村が合併して高倉村となる。
1887年(明治20年) - 横浜-国府津間の鉄道(後の東海道本線)が開通し、藤沢停車場が開業。
1888年(明治21年) - 藤沢宿大久保町と藤沢宿坂戸町が合併して藤沢大坂町となる。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により当市域に以下の町村が発足する。
高座郡 藤沢大坂町 ←藤沢大坂町 鵠沼村 ←鵠沼村 明治村 ←羽鳥村・大庭村・辻堂村・稲荷村 六会村 ←円行村・亀井野村・下土棚村・西俣野村・今田村・石川村 御所見村 ←用田村・葛原村・菖蒲沢村・獺郷村・打戻村・宮原村 長後村・高倉村は、福田村・上和田村・下和田村とともに渋谷村の一部となる。
遠藤村は、堤村・行谷村・下寺尾村・芹沢村とともに小出村の一部となる。
鎌倉郡 藤沢大富町 ←藤沢駅大鋸町・藤沢駅西富町 村岡村 ←弥勒寺村・小塚村・宮前村・高谷村・渡内村・柄沢村・川名村 川口村 ←片瀬村・江の島 1891年(明治24年)10月24日-10月26日 - 明治天皇が、近衛兵秋期演習観戦のため、藤沢町や六会村を視察する。
1897年(明治30年) - 江の島・片瀬間に村営桟橋が完成する。
1902年(明治35年) - 江之島電気鉄道の藤沢-片瀬間(現:江ノ島電鉄)が開通(日本で6番目の電気鉄道)。
1907年(明治40年)9月18日 - 本市が、陸軍第1師団歩兵第49連隊の徴募区となる。
1907年(明治40年)10月1日 - 高座郡藤沢大坂町が鎌倉郡藤沢大富町を編入する。
1908年(明治41年)4月1日 - 藤沢大坂町・鵠沼村・明治村が合併して高座郡藤沢町が発足。
1910年(明治43年) - 江之島電気鉄道の藤沢-鎌倉間が全通する。
1916年(大正5年) - 東海道本線辻堂駅開業。
1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災により市域で4000余戸が倒壊する。
1926年 - 横須賀海軍砲術学校辻堂演習場が置かれる。
1929年(昭和4年) - 小田原急行鉄道(現:小田急電鉄)江ノ島線が開通する。
昭和初年 龍口寺に長野県(信濃国)松代藩の藩邸(通称:養蚕御殿)が移築される。現在は大書院として使われている。
昭和初期の藤沢(1933年7月) 1933年(昭和8年)4月1日 - 川口村が町制を施行し鎌倉郡片瀬町と改称する。
ウィキソースに藤澤市設置の内務省告示文があります。
1940年(昭和15年)10月1日 - 藤沢町が市制を施行し藤沢市が発足。人口約3万人。
1941年(昭和16年)6月1日 - 村岡村を編入する[1]。
1942年(昭和17年)3月10日 - 六会村を編入する[2]。
1944年(昭和19年)6月1日 - 藤沢海軍航空隊(司令部・通信学校:善行七丁目、藤沢飛行場:本藤沢四丁目、稲荷一丁目)と海軍電測学校(土棚あたり)が開設される。 11月3日 - 渋谷村が町制を施行して渋谷町となる。
1947年(昭和22年)4月1日 - 片瀬町を編入する[3]。
1948年(昭和23年)7月1日 - 市立図書館が開館。
1951年(昭和26年)12月24日 - 御所見村との境界を変更する[4]。
1955年(昭和30年)4月5日 - 小出村大字遠藤、御所見村および渋谷町のうち長後ならびに高倉を編入する[5]。 小出村の残りの地区は茅ヶ崎市へ編入。渋谷町の残りの地区は渋谷村となり、1956年(昭和31年)9月1日に大和町(現:大和市)に編入。
1957年(昭和32年)10月20日 - 綾瀬町との境界を変更する[6]。
1959年(昭和34年)3月5日 - アメリカ合衆国マイアミ・ビーチ市と姉妹都市提携(藤沢市議会議決の日)。 これにより、海岸部観光地を東洋のマイアミビーチとして売り出す。
1959年(昭和34年)6月25日 - 在日米海軍辻堂演習場が返還される。
1959年(昭和34年)7月15日 - 横浜市との境界を変更する[7]。
1960年(昭和35年)7月25日 - 綾瀬町との境界を変更する[8]。
1960年(昭和35年)10月 - 小田急線江ノ島線善行駅開業。
1961年(昭和36年)7月29日 - 長野県松本市と姉妹都市提携(松本市から来藤した日を提携日とする)。
1961年(昭和36年)10月25日 - 鎌倉市との境界を変更する[9]。
1963年(昭和38年)1月25日 - 横浜市との境界を変更する[10]。
1963年(昭和38年)6月24日 - 藤沢バイパスが開通する。
1964年(昭和39年) - 東京オリンピックのヨットレースが江の島で開催される。
1966年(昭和41年) - 小田急線江ノ島線湘南台駅開業。
1971年(昭和46年)3月25日 - 横浜市および大和市との境界を変更する[11]。
1971年(昭和46年) - 西部土地区画整理事業が開始される。(現在の湘南ライフタウン・1992年(平成4年)事業完了)
1981年(昭和56年)11月5日 - 中華人民共和国昆明市と友好都市提携(友好都市提携調印の日)。
1987年(昭和62年)12月2日 - カナダ国ウィンザー市と姉妹都市提携(姉妹都市提携調印の日)。
1988年(昭和63年) - 新湘南バイパスが開通する。
1999年(平成11年) - 湘南台駅に、相鉄いずみ野線と横浜市営地下鉄ブルーラインが延伸開業する。
2000年(平成12年) - 市制施行60周年記念として特別刊行物を発行し、市民に配布。荏原製作所による、引地川へのダイオキシン流出が発覚。
2002年(平成14年)11月15日 - 大韓民国保寧市と姉妹都市提携(姉妹都市提携調印の日)。
2005年(平成17年) - 「辻堂神台一丁目地区土地区画整理事業」(関東特殊製鋼跡地、湘南C-X)が開始される(2009年(平成21年)事業完了)。
一部wikipedia引用。※一部藤沢市HP引用。
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